この文書は、1990年11月12日、最初のWebブラウザを開発したティム・バーナーズ・リー氏が、彼が所属する組織であるCERNの重役たちにむけて送った、メールによる提案書の日本語訳です。( 原文はここ: http://www.w3.org/Proposal ) この提案書が送られてから3ヶ月後に、当初の予定に遅れることなく、最初のWebブラウザ「WorldWideWeb」がリリースされることになりました。(スクリーンショット:http://www.w3.org/History/1994/WWW/Journals/CACM/screensnap2_24c.gif )
私がこの文書に興味を持ったのは、Webの発展の歴史上、非常に重要な文書であるということだけではなく、この文書が、プロジェクトを成功させるために必 要な、高品質の提案書を作成するための非常に良いヒントを多く含んでいるからです。
プロジェクト・マネジメントに関連して、この文書から読み取れる非常に大事なことは、以下のようにいくつかあります。
この文書は、新規プロジェクトの提案文書として、これ以上ないというほど質が高いものです。多くの人の参考になると思います。
添付ファイルで、ハイパーテキストプロジェクトについてもっと詳しく説明します。
ハイパーテキストは、さまざまな種類の情報を網の目のようにつないで、ユーザーが自由にアクセスできるようにするための方法です。レポート、ノート、デー タベース、コンピューターのドキュメント、オンラインヘルプなどの多種多様な情報に対して、統一的なユーザーインターフェイスを提供します。私たちは、 CERNですでに動いているサーバーをうまく組み合わせてこれを実現する方法を提案します。
プロジェクトは2段階に分かれます。まず最初に、すでにあるソフトウェアとハードウェアを利用して、CERNの実験をするためにどんな情報アクセスの手段 が必要なのかを分析して、ワークステーション用のシンプルなブラウザーを実装します。 次に、ユーザーが新しい素材をWWWに追加できるようにして、応用の範囲を拡げます。
フェーズ1のためには人材をフルに使って3ヶ月が必要です。フェーズ2のためにはさらに3ヶ月が必要ですが、この段階はむしろ終わりがなく、必要や要望に 応じて随時レビューされていきます。
必要な労働力は、4人のソフトウェア・エンジニアと、一人のプログラマ(うち一人は「フェロー」だといいな)です。
それぞれの人は、あるプラットフォーム向けといったような、部分を担当します。すばらしいワークステーションが必要ですが、サポートしたい種類ごとに必要 です。それぞれのエンジニアには1万から2万ドル、合計5万ドルが必要です。さらに、商用のソフトウェアもできるだけ使いたいです。開発中にはおそらく1 人分のライセンスを3万ドルで購入して、それを見て参考にします。
コストのかからない計算機資源も使います。すでにあるマシンを開発用のファイル置き場としたり、開発したデーモンソフトウェアをインストールしてシステム 上で運用させたりします。
T. Berners-Lee R. Cailliauハイパーテキスト・プロジェクトの提案
T. Berners-Lee / CN, R. Cailliau / ECPハイパーテキストは、さまざまな種類の情報を網の目のようにつないで、ユーザーが自由にアクセスできるようにするための方法です。レポート、ノート、デー タベース、コンピューターのドキュメント、オンラインヘルプなどの多種多様な情報に対して、統一的なユーザーインターフェイスを提供します。私たちは、 CERNですでに機械的に情報を保管しているサーバー同士をうまく組み合わせる方法を提案します。
現在は、プラットフォームやツール群の互換性がないために、情報を、共通のインタフェイスを通してアクセスすることができません。そのため、ちょっとした データを探したいときでさえ、時間の無駄や、イライラや古いデータに悩まされたりといったことが絶えません。情報の断片から断片へ、リンクをマウスでポイ ントしてたどることによって、いろいろな種類のシステムを統合することができたら、非常に大きなメリットがあると考えられます。このように、順番にリスト したり、木構造のもとに並べたりせず、情報のノード(端点)を網の目のような構造にすることが、ハイパーテキストの基本的な考え方です。
CERNでは、すでにさまざまな種類のデータが利用可能です:レポート、実験データ、人材データ、電子メール、アドレス帳、コンピュータードキュメント、 実験ドキュメントやさまざまなデータが、どんどんコンピューターのディスクに格納され続けています。しかし、ひとつのものから別のものへ、自動的にジャン プする手段がありません。たとえばもし、"Joe Bloggs"という名前がオンラインソフトウェアの不完全な説明書の中に含まれていても、その人の現在のメールアドレスを直ぐに発見することができない のです。これまでは、他のコンピューターを使って、異なるユーザーインターフェイスを使う必要がありました。一旦その情報のある場所がわかっても、後でも う一度発見するためのリンクを保存しておいたり、簡単なメモを残したりするのがむずかしいのです。
ハイパーテキストの基本原理や、CERNへの導入方法については、文献1でもっと完璧に議論します。技術用語については文献2にあります。ここでは、ハイ パーテキストを手短かに説明します。
ハイパーテキストの世界にアクセスするためのプログラムを「ブラウザー」と言います。ハイパーテキストブラウザを起動したら、まず最初に自分用のハイパー テキストページが表示されます。このページは、自分用のメモにすることもできます。ハイパーテキストページには、ほかのテキストへの「参照」があります。 この参照は、(テキストの中では)強調表示され、マウスで選択できます。(ダム端末では、番号つきのリストになっていて、番号を入力することで選択できま す。)参照を選択したら、ブラウザはハイパーリンクをたどり、参照されているテキストを表示します:
(図1を見てください)
そのテキストそのものが、また他のテキストへのリンクを含んでいます。図1では、GHIの上をクリックしたら、そのミーティングの議事録に移動することが でき、そこでUPSに関する話しに興味が沸いたら、強調表示されているUPSという単語をクリックしてそれについてもっと知ることができます。
テキストは、ある概念から別の概念へとお互いにリンクされていて、必要な情報を入手できます。リンクのネットワークを「ウェブ」と呼びます。ウェブは階層 構造である必要はないので、異なっているけれども関係の深い主題を探すために、「木を登る」必要はありません。ウェブは不完全なので、テキストの著者がリ ンクを完全に作成できるわけでもありません。まあ、ちょっとしたホップ数でどこからどこへでもたどりつくためには、少ないリンク数が良さそうですが。
テキストを「ノード」と呼びます。ノードからノードへ進むことを「ナビゲーション」と言います。ノードは同じマシンにある必要はなく、マシンの境界を越え ることが可能です。いろいろな種類のプロトコルやフォーマットがあるので、ワールドワイドウェブを実現するためには、何らかの解決策が必要です。これらの 問題については提案文書の中で言及しています。
ノードは、図や写真や音声やアニメーションなどの、テキストでない情報を含むことも原理的にはできます。ハイパーメディアという用語は、ハイパーテキスト という考え方を単純にほかのメディアにひろげたものです。設備が整っていれば、画像を交換したりすることも(将来は)やりたいです。しかし今回のプロジェ クトでは、画像よりも、一般的なテキスト読者に集中したいと思います。
統一的なハイパーテキストシステムがあれば、ドキュメントの登録や、オンラインヘルプ、プロジェクトのドキュメントやニュース形式などの多くのものをカ バーできます。ある特定の分野だけに対して提案するのは良くないかもしれませんが、実験用のオンラインヘルプや、加速器のオンラインヘルプ、コンピュー ターセンターのオペレータ、ユーザーオフィスやCNやECPなどの部門が情報を伝達するための中心的なシステムとして使うのは、明らかに候補になります。 ワールドワイドウェブ(W3)はこれらのサービスをHEPコミュニティ全体に対して提供したいと考えています。
このプロジェクトは「ハイパーテキスト」に関連するものや、その一部について、きっちり決めた通りに実行します。ねらいは以下の通りです:
実際のニーズに確実に応えるため、CERNの非常に多くの実験が必要としている情報アクセスのためにどういったことが必要かの分析を、プロジェクト初期の フェーズ1のときから並行して開始します。
この分析は、最初はAleph実験の参加しているメンバーの活動に限定しておこない、次にもうひとつ以上の実験にひろげます。分析結果の概要はおそらく、 形態(機械、紙)や最終目的(実験や管理)の如何をとわず、情報の生成、保存、取得についてのものになります。
結果は以下のようなものになります:
この分析は、そのまま改善策になるわけではないでしょうが、プロジェクトの進行には役立つはずです。
ハイパーテキスト世界の構造は、サーバーマシンに保存されているデータと、同じマシンか他のマシンで動いているクライアントプロセスです。マシンは何らか のネットワークで接続されています。(図2)図2は、提案するハイパーテキスト世界の構造です。ワークステーションはオフィスにあるワークステーションマ シンか、近くのコンピューターやネットワークに接続されている端末です。サーバーはリクエストに応えるアクティブなプロセスです。ハイパーテキストのデー タは明示的にそれらのサーバーからアクセス可能になっています。サーバーは、同じマシンの上で複数稼働することが可能ですが、それぞれのサーバーは、別々 にまとめられているハイパーテキストを提供します。クライアントはブラウザーのプロセスであって、通常は同じマシンの上で動いていますが、別のマシンの上 で動くことができるようになっている必要があります。やりとりされる情報は2種類で、ノードとリンクです。
今回作成するのは、ブラウザとサーバーの2つです。
ブラウザはネイティブなアプリケーションプログラムで、クライアントマシン上で動作します:
サーバーは、サーバーマシン上で動作するネイティブアプリケーションです:
リンクはASCII文字列で指定されますが、その文字列によってブラウザはどのサーバーにどんな方法で接続すべきかを知ることができます。リンクをたどっ た場合は、ブラウザは、サーバーにあるノードに対するリクエストを発行します。このようにサーバーは、ほかのサーバーやウェブについて何も知らないので、 システムの単純さを維持することができます。
サーバーが、要求されたノードを発見したら、そのノードの内容から、そのノードがどういったファイル形式(たとえば、純粋なASCII、 マークアップされているもの、ワードプロセッサの保存形式、どのワードプロセッサであるのか等)になっているかを知ることができます。その後、サーバーは ブラウザと調整を開始し、ユーザーのスクリーン上ではどのような形式を表示することができるのかを決定します。この調整は、既存の変換プログラムとファイ ル形式に基づいていて、新しい形式を生み出すことはプロジェクトの目的には入っていません。調整の最後の段階では、ノードの内容をユーザーのファイルシス テムに転送します。内容を表示するための調整が、本プロジェクトの独特の部分です。
後で説明するリソースがあれば、最初の2ステップで以下の目標を達成できると考えます:
この段階では、ドキュメントを読むことは誰でもできるようになりますが、新しいドキュメントを作成する手段は、既存のものに依存してしまいます。例えば、 FINDインデックスに新しい素材を入れたり、ニュース記事をポストするには、現在と同じ手段を使う必要があります。既存のデータを、ハイパーテキストの 形式や、高エネルギー物理(研究所)のユーザーに受け入れられているような補助的な形式便利で見るときは、便利になります。
この重要な段階においては、以下のことができるようにします:
読者がリンクを作成できる機能によって、ユーザーが既存のデータに対するアノテーションをすることができるようになり、またメーリングリストや索引などの リストに作成したドキュメントを追加できるようになります。ユーザーが、バグ報告やバグ修正記録、その他のドキュメントに対して、そのドキュメントの著者 が存在すらことすら知らなかった公開されているドキュメントを、リンクすることも可能になります。(つまり、)この段階では、共同著作が可能になるという ことです。これによって、どんな情報の断片でも、後で発見することができる場所を作ることができます。このようにウェブを変更しやすくすることは、情報が 古くなってしまうことを防ぐためには、極めて重要なことです。ウェブの欠けている部分を克服し修正していくためには、情報の源を発見することが可能でなけ ればならないのです。
以下のような能力が必要だということがわかっています。これらの能力は一人に一つ備わっている必要はありません。括弧の中にイニシャルで人名を記述してい ますが、これらの人々は、すでにこのプロジェクトに興味を示していて、必要なスキルを持っているものの、彼らの上司たちから許可を得ているというわけでは ありません。私たちは常に、他の人々の参加を募集しています。
さまざまなシステム用のブラウザや、こまごまとしたカスタマイズや、ハイパーテキストとして利用可能なさまざまなデータに対応して欲しいという要望が、す ぐにあがってくるということが予想されます。これらのウェブを拡げていく作業については、できるだけ積極的にやっていきたいと思いますが、もちろん、その 場合には、マンパワーが必要になりますし、それぞれの場合ごとに専門的にとりくむ必要があります。
設備やサービスの面で以下のような助けが必要です:
原文の著作権は以下を参照のこと:
Copyright © [1990] World Wide Web Consortium, (Massachusetts Institute of Technology, European Research Consortium for Informatics and Mathematics, Keio University). All Rights Reserved. http://www.w3.org/Consortium/Legal/2002/copyright-documents-20021231
中嶋謙互 (なかじま けんご,コミュニティーエンジン,https://ce-lab.net/ringo/ )